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月明かりのサナトリウム

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都会の喧騒を抜け、曲がりくねった道を辿ると、そこには月明かりだけが照らす古ぼけたサナトリウムが佇んでいた。かつては多くの心に傷を負った人々が訪れ、癒しを求めた場所。しかし今はその役割を終え、忘れ去られた存在となっていた。
アキラは、闇に紛れるようにその扉を押し開けた。彼の心は乱れ、日々の生活に追われ、心の平穏を失っていた。そんな彼にとって、このサナトリウムは最後の聖域のようなものだった。月明かりが唯一の光源となる中、彼は足音も立てずに廊下を歩き始めた。壁沿いに掛かる古い肖像画が、彼の孤独な足取りを見守るようだった。
彼が一つの部屋の前に立ち止まると、中から微かなピアノの音色が聞こえてきた。アキラは息を潜め、ゆっくりとドアノブに手をかけた。扉が開き、目の前に広がる光景に息をのんだ。部屋の中央で、一人の女性がピアノを奏でていた。彼女はメンヘラと呼ばれることもある、心に深い傷を負った者。だが、その指先から流れる音楽は、どこか慰めを与えるような優しいメロディーだった。
女性はアキラの存在に気づき、ピアノを止めて微笑んだ。彼女の名はユリ。かつては音楽療法士として、このサナトリウムで働いていた。しかし、ある出来事がきっかけで心を病み、自らもこの場所に留まることを選んだのだった。
二人は言葉を交わさずに、しばらくの間、ただ静かに部屋に座り込んでいた。月明かりが窓から差し込み、二人を包む。やがてユリが再びピアノを奏で始め、アキラはその音楽に心を委ねた。彼の心の迷いが少しずつ解けていくのを感じながら、彼はユリの横に座り、一緒にメロディーを奏で始めた。二人の孤独が、音楽を通じて繋がり始める。それは予期せぬ出会いであり、互いの心の痛みを少しずつ癒やしていく第一歩だった。
月明かりのサナトリウムは、この夜、二人にとって忘れがたい記憶となった。心の傷を抱えた者同士が出会い、互いを認め合い、そして支え合う。その出会いが、二人に新たな道を示していくのだった。